アンデスウイルス(ハンタウイルス科に属するウイルス種)
2026/5/13
本知見は、参照資料の仮訳などをふまえて学内の専門家と相談して作成したものであり、詳細については参照資料を確認いただきますよう、お願いいたします。なお、現時点で本邦においてアンデスウイルスのヒトへの感染は確認されていません。
(画像著作権者はWHO)
1.概要
ハンタウイルス(Hantavirus)は、ハンタウイルス科に属するウイルスの総称で、本ウイルスを保有するげっ歯類の唾液や排泄物を介してヒトが感染することがあります。ハンタウイルスの感染によるヒトの感染症をハンタウイルス感染症といい、ユーラシア大陸に分布する腎症候性出血熱 (Hemorrhagic fever with renal syndrome: HFRS)と、南北アメリカ大陸に分布するハンタウイルス肺症候群(Hantavirus Pulmonary Syndrome: HPS)が知られています。HPSは、これまで日本で確認されていない重篤な呼吸器疾患で、致死率は最大50%に達することがあります1), 2)。
2026年5月2日、南大西洋上を航行中のクルーズ船におけるハンタウイルス感染がWHOに報告されました。同船は4月に南米、南極圏を航行し、5月10日にカナリア諸島のテネリフェ島に寄港し、乗客と乗員が下船しました。WHOによれば、5月7日時点で8名の感染(疑い例含む)が報告され、うち3名が死亡しました3)。
2.ハンタウイルス
ハンタウイルスは、ブニヤウイルス網(Class Bunyaviricetes)、エリオウイルス目(Order Elliovirales)のハンタウイルス科(Family Hantaviridae)に属する一群のウイルスです。各種のハンタウイルスは、通常、特定の種のげっ歯類が保持し、症状を伴わずに持続感染します。世界中で多くのハンタウイルスが確認されていますが、このうちヒトに症状を引き起こすウイルスはごくわずかです1)。
アンデスウイルスは、このハンタウイルス科に属し、主にアルゼンチンとチリにおいて、近接かつ長期の接触により人から人へ限定的なウイルス感染を引き起こすことが知られています1), 4), 5)。
ハンタウイルスの中で、唯一ヒト間で伝播がおこるアンデスウイルスは、同じ空間を共有するとともに、飛散したヒトの唾液によりヒト間の伝播が成立する知見が多く蓄積されていますが、ヒト間で数次にわたるウイルスの伝播は殆どなく、長い潜伏期間と併せて、詳しい伝播経路は分かっていません5), 6) ,7), 8)。
3.症状
HPSは、原因となるハンタウイルスの種類にもよりますが、ウイルス感染後1週間から8週間の間に症状(一般的に発熱、頭痛、筋肉痛、腹痛、吐き気、おう吐など)を示します。HPSの重症例では、病状が急速に進行し、咳、息切れ、肺水腫、循環不全による致死的な状態(ショック)を示すことがあります1)。
アンデスウイルスの主要な宿主であるオナガコメネズミ(Long-tailed colilargo or Long-tailed pygmy rice rat(Oligoryzomys longicaudatus))は症状を示さず、他の動物がウイルスに感染しても症状を示しません9)。
アンデスウイルスの死亡率は高い場合がありますが、近年エクモ(Extracorporeal Membrane Oxygenation(体外式膜型人工肺))の導入により死亡例は減少しています10)。
4.伝播経路
ハンタウイルスのヒトへの感染は、主にウイルスに汚染されたげっ歯類の唾液、尿、糞便との接触やそれらの微細な浮遊粒子(エアロゾル)の吸引によって起こります。密閉空間や換気の悪い場所における清掃、農業、林業、げっ歯類が多く生息する住居での就寝など、げっ歯類との接触を伴う活動は、ウイルスへのばく露リスクを高めます。これまでアンデスウイルスのヒト間の感染はアメリカ大陸でのみ報告されており、依然として稀です。ヒト同士の感染は、特に家族や親密なパートナー間における密接かつ長期的な接触と関連し、感染初期の段階が最もウイルスの伝播力が高いと考えられています。1), 5), 7), 9)。
オナガコメネズミは、種子が好物ですが、虫を食べることもあります。南米では竹の花の開花時に大発生し、ヒトのハンタウイルス感染リスクが上昇します11)。なお、オナガコメネズミは、南米の固有種であることから、日本ではオナガコメネズミを介してアンデスウイルスがヒトに伝播する可能性は非常に低いと考えられます。
5.診断
ハンタウイルスの感染初期は、インフルエンザ、SARS‑CoV‑2(Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2)、ウイルス性肺炎、レプトスピラ症、デング熱、敗血症など他の発熱性又は呼吸器疾病と症状が同様のため、症状だけで早期診断をすることはできません。したがって、慎重な患者の履歴の調査が不可欠であり、特にげっ歯類へのばく露の可能性、職業および環境に関するリスク、渡航歴、ハンタウイルスが存在する地域での既知の患者との接触に注意が必要です。
検査室の診断は、ハンタウイルスに対する特異的な抗体を検出する血清学的検査とともに、急性期における血液中のウイルスRNAを検出する遺伝子検査 (RT-PCR)などの分子生物学的手法により行います1)。
なお、HPSは、感染症法における四類感染症の全数把握対象疾患と定められています。
6.予防と治療
国内でハンタウイルス感染症に対する特定の抗ウイルス治療薬やワクチンは承認されていません。
また、ハンタウイルス感染の予防は、主にヒトとげっ歯類との接触を減らすことが重要です。効果的な対策は以下の通りです1)。
・家庭や職場を清潔に保つこと
・げっ歯類が建物に入るための開口部を密閉
・食品の安全な保管
・げっ歯類に汚染された地域での安全な清掃方法の実施
・げっ歯類の糞について、ほうき等を用いた(乾燥式の)清掃や、掃除機による清掃を避ける
・(粉じん等の飛散防止のため)清掃前に(ウイルス)汚染部位を湿らせる
・手洗いや消毒(手の衛生習慣の強化)
流行地域においては、げっ歯類との接触を避ける。糞や尿で汚染された粉じんを吸うことがないよう、環境を清潔に保つ。食品は蓋などをして適切に保管することが重要です12)。
発生時やウイルス感染が疑わしい場合、まん延を防止するためには、感染者の早期の特定と隔離、濃厚接触の監視、一般的な感染予防措置の実施が重要です1)。
厚生労働省は、検疫所において、海外渡航者向けウェブサイトにおける情報発信や注意喚起を行うとともに、体調に異状がある者にげっ歯類との接触の有無等を確認し、必要に応じて医療機関の受診を勧奨しています13)。
〇参照資料:
1.WHO. Hantavirus. WHOファクトシート.(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)
2.JIHS. 国外航行中のクルーズ船におけるハンタウイルス感染症事例について. JIHS感染症情報提供サイト.(https://id-info.jihs.go.jp/risk-assessment/hantavirus-pulmonary-syndrome/20260506/index.html)
3.WHO. WHO’s response to hantavirus cases linked to a cruise ship. WHOニュース.(https://www.who.int/news/item/07-05-2026-who-s-response-to-hantavirus-cases-linked-to-a-cruise-ship)
4.Padula, P. J. et al. 1998. Hantavirus pulmonary syndrome outbreak in Argentina: molecular evidence for person-to-person transmission of Andes virus. Virology. 241:323-330. https://doi.org/10.1006/viro.1997.8976.
5.Valeria P. Martínez. et al. 2020. "Super-Spreaders" and Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Argentina. N. Engl. J. Med. 383(23):2230-2241. doi:10.1056/NEJMoa200904.
6.Daniel O. Alonso et al. 2020. Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Hantavirus Pulmonary Syndrome, Argentina, 2014. Emerg Infect Dis. Apr; 26(4):756–759. doi:10.3201/eid2604.190799.
7.Valeria P. Martinez et al. 2005. Person-to-person transmission of Andes virus. Emerg Infect Dis. Dec; 11(12):1848–53. doi:10.3201/eid1112.050501.
8.Marcela Ferrés et al. 2007. Prospective Evaluation of Household Contacts of Persons with Hantavirus Cardiopulmonary Syndrome in Chile. J. Infect. Dis. Jun; 195(11):1563–1571. https://doi.org/10.1086/516786.
9.Colleen B. Jonsson et al. 2010. A global perspective on hantavirus ecology, epidemiology, and disease. Clin. Microbiol. Rev. Apr; 23(2): 412 441. https://doi.org/10.1128/cmr.00062-09.
10.F Arancibia Hernandez et al. 2022. Impact of early ECMO support on survival of patients with Hantavirus cardiopulmonary syndrome in Chile. Eur. Respir. J. 60(66): 122. https://doi.org/10.1183/13993003.congress-2022.122.
11.Milton H et al. 1999. MAST SEEDING OF BAMBOO SHRUBS AND MOUSE OUTBREAKS IN SOUTHERN CHILE. Mastozool. Neotrop. 6(2):103-111.
12.JIHS. ハンタウイルス肺症候群. JIHS感染症情報提供サイト.(https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/hantavirus-pulmonary-syndrome/index.html).
13.厚生労働省. 国外航行中のクルーズ船におけるハンタウイルス感染症事例について. 厚生労働省プレスリリース.(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001697960.pdf).
(文責:One Healthリサーチセンター社会連携部門 菊池 栄作)
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