【専門家からのレター】野生動物の鳥フル感染-市民公開講座レポート 後編

2026/3/3

20251115日(土)、One Healthリサーチセンターは、「私たちの身近な野生動物と鳥インフルエンザ」をタイトルに市民公開講座を開催しました。この記事では、会場でのお話をまとめたものを紹介しています。記事の前半では、根室市歴史と自然の資料館の外山雅大さんと水産資源研究所の服部薫さんからのお話を紹介しています。

(One Healthリサーチセンター 大谷祐紀)


 

講座はつづいて、猛禽類医学研究所で傷病動物の治療・研究に従事する獣医師・渡辺有希子さんに、「野鳥の高病原性鳥インフルエンザ感染と救護」をタイトルに、治療の最前線をお話ししていただきました。

 

日本における野生生物の鳥インフルエンザ感染の歴史は2004年までさかのぼります(最初の報告はハジブトガラス)。一方で、その数は多くなく、数年に一度のペースでした。また、感染事例もカモやハクチョウなど、渡りによって日本にやってくる動物が中心でした。しかし近年、オジロワシやオオワシなどの猛禽類、タンチョウなどの希少種への感染が報告されるようになりました。2022年にはキタキツネへの感染が初めて報告され、哺乳類への感染が懸念され始めます。そして2025年には海鳥の大量死とともに、ラッコやアザラシの感染が認められました。

 

渡辺さんはこの状況をみて、フェーズが変わってきたと話します。本来、渡り鳥とは接触の多くない動物の感染が目立つようになってきました。鳥インフルエンザは感染が拡がると、動物が大量死するリスクのある感染症です。北海道ではシマフクロウの感染も報告されるなど、絶滅の恐れが非常に高い動物にもその危機は差し迫っています。

 

そんな中、渡辺さんらはこの鳥インフルエンザウイルスに感染した野生鳥類の調査・治療を進めています。まず取り組んだのは診断です。国立環境研究所と協力し、キットを使った簡易的な検査から、より精度の高いPCR法を用いた遺伝子検査を可能としました。これにより、研究所に検体を輸送せずとも、比較的信頼性の高い診断を現場でおこなうことができるようになりました。

 

そして2018年からは、国立環境研究所、北海道大学と協力し、鳥インフルエンザウイルスに感染した鳥類の治療を始めています。使っているのはゾフルーザ(バロキサビル)という人のインフルエンザ治療薬です。まず、猛禽類医学研究所で保護され、野生復帰できない終生飼育個体にゾフルーザを投与し、適切な薬の量や投与方法を検討しました。2020年には、環境省もプロジェクトに加わり、専用の隔離室が設置され、感染個体の治療への準備を進めました。

 

2021年からは、実際に鳥インフルエンザウイルスに感染し、猛禽類医学研究所に収容された鳥類に対してゾフルーザの投与を始めます。2021-2022年シーズンには、オジロワシ10羽のうち7羽の治療が功を奏し、2023年以降は治療した個体が野生復帰するなど、着実に歩みを進めています。

 

渡辺さんは最後に「Where there is a will, there is a way. 意思あるところに道は開ける」とアブラハム・リンカーン(第16代アメリカ合衆国大統領)の言葉をメッセージとして伝えてくれました。科学の発展、人々の努力により、病原性が非常に高い鳥インフルエンザも、治る可能性が出てきました。すべての野生鳥獣に利用できない歯がゆさはありますが、少なくとも個体数を減らしている希少種の命をひとつ救えることは大きな意義があります。

 

また渡辺さんは猛禽類医学研究所での日々の活動について、「 ‘助けてあげたい’と思った人たちの思いを、野生鳥獣の収容施設としてリレーしたい」と話します。救護はもちろんですが、助けられない事例でも、今起きている異常を知り、変えていく役割への覚悟を話してくれました。

 

 

最後のパネルディスカッションでは、当センターで鳥インフルエンザウイルスの研究をしている日尾野さんも加わり、活発な議論が交わされました。オンラインツールも活用し、参加してくださった市民の方にもお話を伺いました。出会ったことのある野生動物を聞いたところ、回答したすべての人がタンチョウを挙げ、札幌で見ることはないオジロワシやオオワシも、70%近くの人が出会ったことがあると回答し、道東地域の方々にとって、野生鳥獣がどれだけ身近かを感じることができました。

 

日本において野生生物に魅力を感じ、憧れる人は少なくないと思います。健やかに自由に生きる姿を美しく感じます。しかし、彼らが生きる環境を人が変えてしまっているのも事実です。結果、人知れず、多くの野生鳥獣が命を落としています。

 

今回の市民公開講座の中で「人と動物の距離が近付いている」という話が何度も出てきました。観光業や写真撮影のために、野生鳥獣への餌付けがおこなわれている事例もあります。メガソーラーは、野生鳥獣の生活できる場所を減らします。いずれも、動物同士の距離を近付け、それは感染症を拡げる一因となります。渡辺さんは「私たちの生活が、野生生物の生活のバランスを崩していることは認識してほしい」と話し、外山さんは「北海道の自然環境、野生動物の本来の姿をいかに大切にしていくかが課題」と話してくれました。

 

今回の参加者からも、弱っている野生生物に対し「かわいそう」「助けてあげたい」という思いが多く聞かれました。直接、助けてあげることはできないかもしれませんが、餌付けをしない、野生生物の生活する環境にむやみに入らないなど、彼らの生きる環境を守る活動に貢献することはできます。

 

また、今回の市民公開講座では、弱ったり死んだりした野生鳥獣を見付けたときに、行政に通報する重要性が強く強調されました。通報により見付かったすべての動物を検査することはできないかもしれませんが、そこで何が起きているかを知ることは、次の一歩につながります。そして、その場から病原体を取り除くことは、次の感染を防ぐことにつながります。

 

「この鳥インフルエンザウイルスは養鶏業など人間の活動によってうまれたもの。その被害者となっている野生動物に対する責任が私たちにはある」と日尾野さんは話します。

 

イベント終わりのアンケートで、日尾野さんのこの言葉が強く印象に残ったという参加者もいました。状況は明るくないのが現実です。しかし、自分にできることがあり、ひとつひとつの行動が野生生物を救う一歩になるかもしれないと希望を抱ける会でもありました。美しい野生動物が健やかにたくましく生きる未来のために、何ができるか考え、責任感を持って行動していきたいと改めて思いました。

 

 

パネルディスカッションでのQ&A

Q. 感染が鳥類から哺乳類へ拡大し、フェーズが変わってきたと表現されていましたが、それはなぜですか?

A. ウイルス自体の感染力や病原性など、性状は大きく変わってきていません。ただ、さまざまな要因で、環境中にあるウイルスの量が増えてきていることで、ウイルスに接触する動物が増えてきているためと考えています。動物と動物の距離、人と動物の距離が近付いてきていることも一つの要因だと考えなくてはならないと思います。

 

Q. 弱ったり死んでいる動物を見付けたときは、どこに連絡したら良いですか?

A. 基本的に、その地域の振興局に電話をするのが第一選択肢です。振興局がわからない場合、行政の総合窓口に相談すれば、担当部署につないでくれると思います。

 

Q. 一羽でも見付けたら通報した方が良いですか?

A. はい、一羽でも通報をお願いします。命を助けることはできないかもしれませんが、何が起きているかを知ることができます。また、標本や検体として、博物館や研究所で活用することもできるかもしれません。

 

Q. 弱ったり死んだりした動物の周りには、ウイルスがいますか?

A. 通常、ウイルスは生きている細胞がいないと生きていけません。動物が死んでも、しばらくは細胞が生きているので、動物にウイルスは残っているかもしれませんので、素手では触らないでください。動物が取り除かれたあとの環境に、どれくらいウイルスが残っているかは知見がないため分かりませんが、理論上、例えば1週間残存しているということはないと考えて良いと思います。いずれにせよ、そのような動物や環境に出会っても、手洗い、アルコール消毒、靴の裏の洗浄などでウイルスは除去できますので、実践をお願いします。

 

Q. 冬に流行する鳥インフルエンザですが、夏も同様の対応が必要ですか?

A. 今の日本では、夏場にウイルスはいないと考えて良いと思います。ただ、鳥インフルエンザウイルスがいる期間が、だんだん延びているのが現実です。特に夏場は、野生鳥類が繁殖するために集まって大きなコロニーをつくります。そこにウイルスが入ると集団感染を起こす可能性があり、大きな懸念です。夏場にウイルスを残さないようにみんなで頑張っているところですので、夏も冬も通報、餌付けをしないなど、活動にご協力いただけると嬉しいです。

 

 

←前編へ

一覧はこちら

ご寄付のお願い donation

OHRCでは研究、教育活動に加え、学内連携、国際連携、産学連携、及び統合データベースの運用、特殊検査サービスの展開と多岐にわたる活動を行っています。これらの活動を支えるためのご寄付を是非お願い致します。

頂きました寄付金は大学からの交付金や外部資金では賄いにくい用途(例えば統合データベースの運用、特殊検査サービスの展開等)を中心に柔軟に活用させて頂きます。

※上記ページ(学部等支援事業)から申込みいただき、寄附目的欄に『獣医学研院One Health Research Center』とご入力ください。