【専門家からのレター】野生動物の鳥フル感染-市民公開講座レポート 前編

2026/3/3

20251115日(土)、One Healthリサーチセンターは、「私たちの身近な野生動物と鳥インフルエンザ」をタイトルに市民公開講座を開催しました。普段は札幌で活動している私たちですが、今回は釧路の猛禽類医学研究所や釧路市立博物館などのご協力のもと、道東で発生した野生動物の鳥インフルエンザ感染を現地の方々と考えました。短い告知期間にもかかわらず、当日は40名以上の方にお越しいただき、会場はほぼ満席となりました。

この記事では、会場でお話しされたことを、前編・後編にわけてまとめています。

One Healthリサーチセンター 大谷祐紀)

 


 

ここ数年、日本で「鳥インフルエンザ」という単語を聞かない冬はなくなりました。ニュースでこの単語を耳にするとき、その文脈は多くの場合ニワトリを主語としたものです。しかし2025年春、アザラシやラッコといった海生哺乳類の鳥インフルエンザウイルス感染が日本で初めて報告されました。場所は、道東沿岸。野生生物が多様性豊かに暮らす地域です。

 

そのとき道東では何が起きていたのか。この事例から私たちが学ばなければいけないことは何か。現地で対応した専門家に、そのとき起きていたことや、見えてきた課題を共有していただき、未来に向けて私たちができることを議論しました。

 

高病原性鳥インフルエンザは、鳥が感染するとほぼ100%で死に至るウイルス感染症です。通常、ニワトリなどの家禽に対して強い病原性を示しますが、そのほかの鳥や哺乳類にも感染する場合があります。北海道ではオオワシなどの希少な猛禽類への感染も報告され、野生生物への感染の拡がりが懸念されていました。(インフルエンザウイルスや野生生物への拡がりについてはこちらの記事で概説しています)

 

 

そして2025年初春、道東地域では多くの海鳥、さらには海生哺乳類の感染が現実のものとなりました。

 

講座はまず、まさにその現場の最前線で対応に当たった外山雅大さん(根室市歴史と自然の資料館)のお話「道東沿岸の海鳥に拡がった鳥インフルエンザ~地域でできることは何?根室の事例から~」から始まりました。

 

北海道における野生生物の鳥インフルエンザ感染は、以前から報告されてきました。それは春と秋、水鳥の渡りに伴って発生するもので、季節的なもの、そして偶発的に発生するものでした。しかし、2022年頃からカラスや猛禽類などの冬を通した感染や、キタキツネやエゾタヌキといった陸生哺乳類の感染が報告されるようになります。特に道東は千島列島を通って渡り鳥が入ってくる地域であり、根室では行政と民間団体、ボランティアが協力して、感染拡大を防ぐための協力体制が構築されていました。

 

そんな中、20253月に道東沿岸で弱った鳥や死んだ海鳥が報告がされるようになります。海に目を向けると、沖では死んで海に浮かぶ海鳥が大量に見付かりました。そして、それらの個体からは、鳥インフルエンザウイルスが検出されました。

 外山さんらは協力体制を強化し、沿岸や港での野生鳥獣の死体や異常の巡視をおこないました。漁師の方々も鳥獣保護区監視員として沖での様子を調査・報告します。結果、鳥インフルエンザ感染が疑われる824685個体の死体を確認しました。そのうち、ウミスズメ科とカモメ科が約9割を占め、約300羽はエトロフウミスズメでした。

 

エトロフウミスズメは、数千羽の群れをつくり生活する海鳥です。また沖では、餌の多いところに様々な種類の海鳥が集まり大きな混群となります。外山さんは、沿岸で感染したカモメ類が沖の混群に鳥インフルエンザウイルスを持ち込んだと考えています。さらに、死んだ小型の海鳥をオオセグロカモメなどの大型の鳥が食べることで、さらに感染が拡がった可能性を推測しています。

 

ここで外山さんは、異常を巡視し、死体を回収するマンパワーの圧倒的不足を課題として挙げています。鳥インフルエンザ感染が疑われる事例に対し、地方行政は重点区域の監視や、ウイルス検出の簡易検査、確定診断をおこなう検査機関への試料の送付、関係機関への周知など、その業務は膨大です。特に根室振興局は、根室、別海、標津、中標津、羅臼までの広大な地域をカバーしており、それを2名で対応しているのが実情です。外山さんは学芸員としての本業の傍ら、半分ボランティアというかたちで巡視や死体回収に協力していました。同様に、野鳥の会のレンジャーらを含む地域の方々が自助努力として対応に当たることで、多くの死体を回収することができました。

 

これらの経験から、外山さんはこの問題を多くの人に知ってもらい、野生生物の異常を検知・報告してもらうことの重要性を強調します。少ない人数では限界がありますが、地域の人の協力により見付けられる異常の数は大きくなり、どこで何が起きているか把握することができます。また、死体を回収できれば、ウイルスが残存する死体から拡がる次の感染を予防することもできるかもしれません。実際に外山さんらは、スマートフォンのアプリを活用し、調査・巡視結果や死体を確認した場所などを関係者間で効率良く共有することで、広範囲の情報を収集していました。根室市は周辺市町村に比べて、野生鳥獣の鳥インフルエンザ感染報告が多くなっていますが、これは発生が集中したのではなく、行政と民間が協力した独自の監視体制により、多く検出できた結果だと外山さんは話してくれました。

 

一方で、このウイルス感染症のリスクを周知することの重要性も強調します。感染例が増える中、弱った海鳥を子供が保護しようとした事例が発生しました。鳥インフルエンザウイルスを持っている野生鳥獣と接触することで人が感染した報告はありませんが、リスクはゼロではないと、専門家たちは考えています。弱った動物を助けたいという慈しみの気持ちはとても尊いですが、人や他の動物への感染を防ぐため、感染症に対する正しい理解も同時に重要です。外山さんらはイラストを使ったリーフレットを作成し、教育委員会を通じて、子供たちに注意喚起する活動もおこなっています。

 

 

そして、この海鳥の大量感染・死亡は、アザラシとラッコの感染・死亡を導きました。この日本初の事例に現地で対応した服部薫さん(水産資源研究所)からのお話「海生哺乳類と鳥インフルエンザ-新たなリスクと課題」がつづきます。

 

20254月に発生した、アザラシやラッコの鳥インフルエンザ感染はニュースなどでも大きく取り上げられました。ラッコの感染は世界で初めての報告となりましたが、アザラシやオットセイ、イルカなど、海生哺乳類の鳥インフルエンザ感染はヨーロッパや南北アメリカでもすでに報告されており、感染拡大が懸念されています。

 

服部さんは、日本での海生哺乳類の鳥インフルエンザ感染について、いくつかのリスクを挙げています。まず、感染による個体群への影響です。

 

特にラッコは、20世紀初頭までの乱獲による絶滅の危機から、近年、個体数を回復させてきた種です。服部さんらは、ラッコの保全・管理には生態調査が重要と考え、熱心に取り組んでいます。北海道では2014年より継続的な繁殖がみられるようになり、直近では幼獣を合わせて50頭程度が野生で確認できていました。しかし、2025年春の鳥インフルエンザ感染拡大により、少なくとも4頭の死亡が確認されました。その地域に暮らす群れとして考えると、その影響は少なくありません。

 

なお、死亡を発見しても、行政のマニュアルに則った場合、これまで感染例のないラッコに対し、鳥インフルエンザウイルス感染の検査をするフローには乗りません。しかし今回は、感染による死亡を疑った服部さんらが自主的に、ネットワークを活かした検査をおこなったことで、感染を見出すことができました。

 

漁業を営む地域にとって、海生哺乳類はときに漁を邪魔する厄介者となります。個体数管理や漁業被害のために人によって駆除される個体や、誤って漁業用の網に掛かる個体も出てきます。また、死亡した個体が浜に打ち上げられることをストランディングといいますが、日本では北海道を含む各地で、多くの海生哺乳類が打ち上げられています。それらの個体は通常、研究・調査に利用されたり、博物館の展示標本に活用されたりします。また、地域によっては食利用されることもあります。前述の通り、鳥インフルエンザウイルスを持つ野生鳥獣から人が感染した報告はありませんが、リスクはゼロではありません。感染の可能性のある海生哺乳類を扱う場合、適切な防護具(手袋、マスク、防護ができる服など)を着用することは重要で、服部さんらは地域での啓発普及もおこなっています。

 

一方で多くの場合、感染が疑われる動物の検査は容易ではありません。たとえば、トドは雌で350kg、雄では1,100kg1.1t)の体重をもつ大きな哺乳類です。その体丸ごとを検査機関に輸送することは不可能ですが、同時に現場での解体も人手のいる大変な作業です。また、報告の少ない海生哺乳類のウイルス感染の場合、体のどこからウイルスが検出できるのかなど、まだ分かっていない・確立されていないことが多く、不確実の連続です。

 

別の視点からみると、ストランディングした海生哺乳類は、鳥やキツネの餌でもあります。移動が難しい個体はその場所に埋設して処分しますが、早く適切に処分しないと、食べられてしまうこともあり、感染が拡がるリスクにつながります。日本でクマが鳥インフルエンザ感染した例はありませんが、死んだ海生哺乳類を狙ってその場に居着くヒグマもおり、それは人との軋轢にもつながる、重要な課題です。

 

世界をみると、一度に多くの個体がストランディングする事例も報告されています。同様の事例が道東地域で起きた場合どのように対応するか事前に検討が必要ですが、上記以外にも課題が残されています。特に海生哺乳類の場合、その動物を管理するための法律およびその法律を管轄する省庁が異なる複雑さがあります。

例)

ゼニガタアザラシ:鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法、環境省)

トド:漁業法(農林水産省・水産庁)

ラッコ:臘虎膃肭獣猟獲取締法(らっこおっとせいりょうかくとりしまりほう、農林水産省・水産庁)

 

鳥類の鳥インフルエンザ感染については、ある程度マニュアルが整理されてきています。家禽での発生は農林水産省、野生鳥獣の場合は環境省の管轄となりますが、後者のマニュアル (*1) は発展途上です。特に哺乳類は対応フローがまだ十分に整備されておらず、感染症が疑われた場合は積極的な自主検査というかたちでの自助努力によって検出されているのが実情です。今後、関係機関が連携し、警戒態勢を確立していく重要性を服部さんは強調しました。

 

後半の記事では、猛禽類医学研究所で取り組んでいる、感染した野鳥の治療について、渡辺有希子さんからお話を伺います。

 

 

*1 野鳥における高病原性鳥インフルエンザに係る対応技術マニュアル(管轄:環境省)

野鳥における高病原性鳥インフルエンザウイルス感染の、早期発見と感染拡大を目指したマニュアル。野鳥の当該ウイルス感染が疑われる場合、このマニュアルをもとに環境省と各自治体は対応を行う。

 

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